加賀まりこさんといえば、長年にわたり映画やドラマ、舞台で活躍してきた俳優です。高校生だった1960年に芸能界入りし、1960年代には映画やテレビで人気を集めました。若い頃の写真を見ると、現在とはまた違ったあどけなさがあり、「かわいい」と注目されるのも納得できる姿です。
特に20歳前後の加賀まりこさんは、短い前髪や印象的な目元、少し大人びた表情が特徴的でした。代表作『月曜日のユカ』で見せた姿だけでなく、すっぴんはどんな顔だったのか、当時のメイクや髪型はどのようなものだったのかも気になるところです。
さらに、人気が高まっていた20歳で仕事を休み、ひとりでパリへ渡ったという大胆なエピソードも残っています。若い頃の映画や写真から分かる魅力に加え、写真集『私生活』や現在まで続く俳優活動も紹介します。
加賀まりこの若い頃がかわいい!高校生だった1960年に芸能界デビュー
加賀まりこさんは高校生だった1960年に芸能界入りし、1960年代に映画やテレビで注目を集めました。若い頃は大きな瞳と短い前髪が印象的で、「小悪魔」「和製ブリジット・バルドー」と紹介される存在になりました。
10代後半から「小悪魔」と呼ばれる存在に
加賀まりこさんは1943年12月11日生まれ、東京都出身です。スポニチのプロフィールでは、高校生だった1960年にテレビドラマ『東京タワーは知っている』で芸能界デビューした経歴が紹介されています。
芸能界入りのきっかけは、寺山修司さんと篠田正浩監督から声をかけられたことでした。本人がテレビ番組で振り返った内容を伝えたデイリースポーツによると、高校2年生の夏休みに2人から声をかけられ、事情を聞いたうえで出演を引き受けたといいます。
その後、1962年の篠田正浩監督作『涙を、獅子のたて髪に』で映画デビュー。映画やテレビ、CMへの出演が続き、大きな瞳と小さな顔、短めの前髪が印象的な若手俳優として注目されていきました。
若い頃の加賀まりこさんには、あどけなく見える表情もあれば、カメラをまっすぐ見た瞬間にぐっと大人びて見える表情もあります。かわいらしさだけではなく、表情によって雰囲気が大きく変わることも魅力のひとつでした。
誰かに似てる?「和製ブリジット・バルドー」と呼ばれた
若い頃の加賀まりこさんは、フランスの俳優ブリジット・バルドーになぞらえて、「和製ブリジット・バルドー」と呼ばれたことでも知られています。
日活が2025年に発表した『月曜日のユカ』のブルーレイ発売情報でも、「和製ブリジット・バルドー」と称された加賀まりこさんの「小悪魔的な魅力」が詰まった作品と紹介されています。
ブリジット・バルドーは1950〜60年代を代表するフランスの俳優です。加賀まりこさんも当時、「和製ブリジット・バルドー」や「小悪魔」という言葉で紹介されるほど、従来の若手女優とは違った強い印象を残していました。
日活は『月曜日のユカ』について、「和製ブリジット・バルドー」と称された加賀まりこさんの小悪魔的な魅力が詰まった作品と紹介しています。
加賀まりこの若い頃の映画と写真!『月曜日のユカ』は代表作
若い頃の加賀まりこさんを知るうえで外せない作品が、1964年公開の映画『月曜日のユカ』です。
日活の公式作品ページによると、中平康監督が手がけた作品で、加賀まりこさんが主人公のユカを演じています。1964年3月4日公開のモノクロ映画で、上映時間は94分です。
映画が公開された1964年3月、加賀まりこさんは20歳。10代のあどけなさを残しながら、大人びた表情も見せる時期でした。
『月曜日のユカ』では目元と表情の変化が印象的
『月曜日のユカ』では、丸みを持たせた短いヘアスタイルと前髪、はっきりした目元が印象に残ります。
日活も同作について、加賀まりこさんの魅力をモノクロのスタイリッシュな画面に引き出した作品として紹介しています。
静止画だけでは「かわいい」という印象が先に来ますが、映画では無邪気に見えた直後にクールな表情を見せたり、視線だけで強い存在感を出したりと、表情が次々に変わります。
若い頃の写真が現在も注目される理由には、顔立ちそのものだけでなく、こうした表情の豊かさも関係しているのでしょう。
若い頃の映画は『乾いた花』『美しさと哀しみと』など多数
加賀まりこさんは1960年代、多くの映画に出演しています。KINENOTEの出演歴でも、20代前半から幅広い作品に出演していたことが確認できます。
| 公開年 | 主な映画作品 |
|---|---|
| 1962年 | 『涙を、獅子のたて髪に』 |
| 1963年 | 『死闘の伝説』 |
| 1964年 | 『乾いた花』『月曜日のユカ』 |
| 1965年 | 『美しさと哀しみと』『雪国』 |
| 1966年 | 『坊っちゃん』 |
作品によって髪型や衣装、メイク、役柄が違うため、同じ20代前半でも雰囲気はかなり変わります。撮影時期が分かる映画を年代順に追うと、若い頃の印象の変化も確認できます。
カラーの若い頃を見たい人もいるが『月曜日のユカ』はモノクロ
若い頃の加賀まりこさんをカラーで見たい人もいるようですが、『月曜日のユカ』自体はカラー映画ではありません。日活の公式情報では「モノクロ/94分」と記載されています。
『月曜日のユカ』に関連してカラー写真を見かけた場合は、映画本編の一場面だけでなく、宣伝用の写真や別の時期に撮影された写真が含まれていることもあります。
2026年に発売されたブルーレイの商品情報でも、『月曜日のユカ』は1964年公開・モノクロの作品と明記されています。若い頃の写真を比較する場合は、作品名や撮影年代も確認材料になります。
加賀まりこの若い頃はすっぴんでもかわいかった?メイクや髪型も紹介
「加賀まりこさんは若い頃、すっぴんでもかわいかったのでは」と気になる人も多いようです。
ただし、1960年代の映画や雑誌などで見られる写真を、そのまま完全なすっぴん写真と判断することはできません。映画や雑誌の撮影では、役柄や撮影内容に合わせたヘアメイクが施されるためです。
若い頃の顔立ちを見るときは、作品ごとのメイクや髪型の違いにも注目すると、同じ時期でも印象が変わっていることが分かります。
若い頃は目元を際立たせたメイクが印象的
1960年代の加賀まりこさんを見ると、もともとの大きな目をさらに印象づけるメイクが目立ちます。
特に『月曜日のユカ』では、目の輪郭がはっきり見えるうえ、眉の近くまで下ろした短い前髪によって視線が自然と目元へ集まります。
現在とはメイクの流行そのものが違うため、昔と今の写真を並べると顔立ちまで大きく変わったように感じることがあります。実際には眉の形やアイメイク、前髪だけでも顔の印象はかなり変化します。
1960年代らしいメイクではありながら、現在見ても古さだけを感じさせないところも、若い頃の加賀まりこさんが今なお「かわいい」と話題になる理由のひとつでしょう。
髪型によって「あどけない」と「大人っぽい」が変わる
髪型も、若い頃の印象を大きく左右しています。
『月曜日のユカ』では顔まわりに丸みを持たせた短い髪型が特徴的ですが、ほかの作品では髪をまとめたり、前髪の雰囲気を変えたりしています。
そのため、写真によって少女のようなかわいらしさを感じることもあれば、同じ時期でもかなり大人っぽく見えることがあります。顔立ちだけではなく、作品ごとのメイクやヘアスタイルまで含めて違った表情を見せていました。
現在は「毎日神楽坂をすっぴんで歩いている」
加賀まりこさんは、現在のすっぴんについて自ら語っています。
UR都市機構のインタビューでは、昔から外へ出て人と話すことが好きだという話のなかで、毎日神楽坂の街をすっぴんで歩いていると明かしています。
タクシーに乗れば運転手の名前を呼んで話しかけ、ご近所付き合いもあるという話と一緒に語られており、普段から街の人たちと自然に交流している様子がうかがえます。
現在のすっぴんについては、加賀まりこさん本人の発言があります。一方、若い頃の映画や雑誌の写真が完全なノーメイクだったとは確認できません。
加賀まりこの若い頃のエピソードがすごい!20歳で単身パリへ
加賀まりこさんの若い頃は、見た目だけでなく生き方にも印象的なエピソードがあります。
特に知られているのが、仕事が次々と入っていた20歳の頃に、女優業を一時休み、ひとりでパリへ渡ったことです。
人気が出ていた時期に半年ほど仕事を離れたこと自体、当時としても大胆な選択でした。
人気が高まっていた20歳で仕事を一時休止
高校生で仕事を始めた加賀まりこさんは、20歳になる頃には映画やテレビ、CMへの出演が続く人気俳優になっていました。
一方、本人は後年のインタビューで、仕事ばかりの日々が続き、人生を一度リセットしたいという思いがあったことを明かしています。
テレ朝POSTのインタビューでは、20歳で女優を一時休業し、単身パリへ渡った経緯を本人が振り返っています。
若いうちから仕事が続き、20歳の頃にはかなりの収入も得ていた加賀まりこさん。パリでは女優を辞めようとも考えていたと話しており、単なる短期旅行ではなく、それまでの生活をいったん離れるための滞在だったことが分かります。
初めての海外でそのままパリ暮らし
加賀まりこさんにとって、このパリ行きは初めての海外渡航でした。
テレ朝POSTのインタビューによると、現地では語学学校に通いながら半年ほど生活し、映画監督のフランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダール、ファッションデザイナーのイヴ・サン=ローランなど、さまざまな人物と交流しています。
当時の日本とは違う文化のなかで過ごし、仕事中心だった生活から一度離れた半年間でした。20歳で人気女優の仕事を止め、初めての海外でそのまま暮らし始めたという経歴は、若い頃の加賀まりこさんを語るうえで欠かせないエピソードです。
帰国後は劇団四季『オンディーヌ』で舞台へ
パリでの生活が半年ほどになった頃、加賀まりこさんのもとへ劇団四季の創設者・浅利慶太さんから国際電話が入り、舞台『オンディーヌ』への出演を打診されました。
帰国後は同作に出演し、さらに劇団四季の養成所で発声やダンス、パントマイム、日舞、狂言などを学んだと本人が語っています。
それまで演技を専門的に学んだ経験はありませんでしたが、『オンディーヌ』への出演を経て、初めて自ら「女優になりたい」と思ったと振り返っています。スカウトから始まった芸能生活のなかで、演技そのものへ向き合う転機になりました。
20歳でパリへ渡り、半年後に帰国して『オンディーヌ』へ出演。その後は劇団四季の養成所でも演技を学びました。
加賀まりこの若い頃の写真集『私生活』も有名
20代の加賀まりこさんを語るうえでは、映画だけでなく写真集『私生活/加賀まりこ』も知られています。
国立国会図書館の書誌情報では、写真家・立木義浩さんによる写真集で、毎日新聞社から1971年に刊行されたことが確認できます。
加賀まりこさんは1943年生まれのため、写真集が刊行された1971年は20代後半でした。デビュー直後や『月曜日のユカ』の頃とは、また違った時期の姿が残されています。
テレ朝POSTでは、立木義浩さんが約2年をかけてパリや軽井沢などで加賀まりこさんを撮影したことが紹介されています。本人は後のインタビューで、この写真集についてギャラを受け取っていなかったと語っています。
さらに2021年のテレ朝POSTのインタビューでは、立木義浩さん夫妻とは家族のように親しくしており、夫妻との会話をきっかけに撮影が始まった経緯も明かしています。
10代後半のかわいらしさが印象的なデビュー当時とは違い、写真集が刊行された頃には20代後半。『月曜日のユカ』など1960年代前半の映画と『私生活』を比べると、20代の間にも表情や雰囲気が変わっていったことが分かります。
加賀まりこは現在も俳優として活躍
加賀まりこさんは、若い頃から60年以上にわたり俳優活動を続けています。
2025年にはNHKドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』で、主人公が暮らす団地の大家・美山鈴役を演じました。
さらにNHKオンデマンドの公式情報では、2026年8月18日放送の『しあわせは食べて寝て待て ~早春の養生編~』にも美山鈴役で出演したことが確認できます。
NHK公式YouTubeでは『しあわせは食べて寝て待て ~早春の養生編~』の2分PR映像が公開されており、加賀まりこさんの出演シーンも確認できます。
若い頃は「小悪魔」「和製ブリジット・バルドー」と紹介された加賀まりこさん。現在も俳優としてドラマに出演し、長いキャリアを重ねています。
20歳で仕事を離れてパリへ渡ったエピソードを見ると、若い頃から自分で進む方向を決めながら歩んできた人物だったことが分かります。
加賀まりこの若い頃に関するまとめ
加賀まりこさんは高校生で芸能界に入り、20代前半には映画や舞台で独自の存在感を見せていました。若い頃の外見だけでなく、20歳で仕事を離れてパリへ渡った経験も印象的です。
加賀まりこさんの若い頃は、ぱっちりした目元や個性的な髪型に加え、20歳で仕事を離れてパリへ渡った経歴も印象に残ります。『月曜日のユカ』や『私生活』には、年代ごとに異なる20代の姿が残されています。
参考・出典
記事内で確認・参照した主な情報源です。
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確認「和製ブリジット・バルドー」と称されたこと、「小悪魔的な魅力」という紹介、1964年公開・モノクロ・約94分の作品情報を確認
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確認『月曜日のユカ』の主演、公開年、監督、作品情報を確認
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確認加賀まりこさんの出演、2026年8月18日放送を確認
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確認加賀まりこさんの出演と『早春の養生編』公式PR映像を確認
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確認20歳で女優業を一時休業して単身パリへ渡った経緯、当時女優を辞めようと考えていたことを確認
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確認パリでの半年間の生活、語学学校、トリュフォー・ゴダール・イヴ・サン=ローランらとの交流、『オンディーヌ』出演、劇団四季でのレッスン、写真集『私生活』についての本人発言を確認
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確認写真集『私生活』を約2年間かけてパリや軽井沢などで撮影したこと、ノーギャラだったことを確認
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確認毎日神楽坂の街をすっぴんで歩いているという本人発言を確認
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確認生年月日、東京都神田区小川町出身、血液型、1960年に高校生でテレビドラマデビューした経歴を確認
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確認生年月日、東京都出身、女性、O型、身長156cm、高校在学中にスカウトされた経歴を確認
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確認高校2年生の夏休みに寺山修司さんと篠田正浩監督から声をかけられた芸能界入りの経緯を確認
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確認1960年代の映画出演歴や舞台『オンディーヌ』などの経歴を確認
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確認立木義浩さんによる写真集『私生活/加賀まりこ』が毎日新聞社から1971年に刊行されたことを確認
