吉田兄弟といえば、兄・吉田良一郎さんと弟・吉田健一さんによる津軽三味線の兄弟奏者です。力強いバチさばきとスピード感のある演奏で、津軽三味線を幅広い世代へ届けてきました。
現在の落ち着いた雰囲気を知っていると、「吉田兄弟の若い頃はどんな感じだったの?」「20代の頃はどんな姿だった?」と気になりますよね。
デビュー直後の2人は、茶髪に着物や紋付き袴というスタイルでも注目されていました。2001年のWeb Japanでは、当時23歳の良一郎さんと21歳の健一さんが、ロックのような迫力で津軽三味線を演奏する若い兄弟として紹介されています。
2人が三味線を始めたのは5歳。10代では全国大会で実績を重ね、1999年に『いぶき』でメジャーデビューしました。その後、20代でゴールドディスク大賞の受賞や海外公演、全米デビューへ進んでいます。
幼少期からデビュー当時、20代の姿、2026年現在の活動まで紹介します。
吉田兄弟の若い頃は?10代からデビューまでを振り返る
吉田兄弟は、デビューをきっかけに三味線を始めたわけではありません。2人とも幼い頃から三味線に親しみ、10代になる頃には本格的な津軽三味線奏者への道を歩み始めていました。吉田兄弟の公式プロフィールでは、ともに5歳から三味線を習い、1990年から津軽三味線奏者・初代佐々木孝さんに師事したことが掲載されています。
主な歩みは以下のとおりです。
| 5歳 | 2人とも三味線を始める |
| 10代 | 全国大会へ出場し実績を重ねる |
| デビュー | 1999年に『いぶき』を発売 |
| 20代 | 受賞や海外公演を重ね、全米デビュー |
| 現在 | 全国各地で演奏活動を継続 |
5歳で三味線を始めたきっかけは父親だった
吉田兄弟が三味線を始めたのは、2人とも5歳の頃です。
2002年のNIPPONIAのインタビューで、良一郎さんは、もともと津軽三味線奏者になりたかった父親のすすめで、北海道の三味線の先生に通い始めたと振り返っています。
その後、兄弟そろって腕を磨き、1990年から初代佐々木孝さんに師事しました。良一郎さんは1977年7月26日生まれ、健一さんは1979年12月16日生まれなので、当時は良一郎さんが12歳頃、健一さんが10歳頃です。
まだ小学生から中学生という時期に、本格的な津軽三味線の世界へ入っていたことになります。NIPPONIAでは、その後の中学・高校時代には北海道で名前を知られる存在になっていたことも紹介されています。
10代ですでに全国大会へ出場していた
1992年からは津軽三味線の全国大会へ出場するようになり、10代のうちから実績を重ねていきました。
日本伝統文化振興財団の『いぶき』作品情報によると、1999年の津軽三味線コンクール全国大会では良一郎さんが準優勝、健一さんが優勝。健一さんは津軽三味線全国金木大会でも2年連続優勝を果たしています。
同プロフィールには、この時期にオーストラリア、デンマーク、ドイツ、スロバキアで演奏したことや、1997年に『NHK紅白歌合戦』へ出演したことも記載されています。メジャーデビュー前から、全国大会だけでなく舞台経験も重ねていました。
兄弟として早くから知られるようになりましたが、常に2人一緒だったわけではありません。NIPPONIAによると、一時期は約3年間、それぞれ津軽三味線奏者として別々に活動しています。もともと大会ではライバルでもあり、それぞれが奏者として経験を積んだうえで、再び2人で活動することになりました。
1999年に『いぶき』でデビュー!当時は22歳と19歳
2人が「吉田兄弟」としてメジャーデビューしたのは1999年です。公式ディスコグラフィーでは、ファーストアルバム『いぶき』の発売日は1999年11月21日と掲載されています。
良一郎さんは1977年7月26日生まれ、健一さんは1979年12月16日生まれ。そのため『いぶき』の発売日時点では、良一郎さん22歳、健一さん19歳でした。健一さんは約1か月後の12月16日に20歳を迎えています。
後年の記事では「20代でデビュー」と紹介されることもありますが、発売日を基準にすると、弟の健一さんはまだ19歳でした。兄弟それぞれで活動した時期を経て、20歳前後という若さでメジャーの舞台へ進んだことになります。
20代の吉田兄弟は茶髪×着物!なぜ注目された?
20代の吉田兄弟が強い印象を残した理由は、三味線の技術だけではありません。
伝統的な津軽三味線を演奏する若い兄弟という存在に加え、茶髪と着物という外見、さらにロックやポップスを思わせる演奏スタイルでも注目されました。2000年代初頭の記事を読むと、現在とはまた違った若々しい雰囲気が伝わってきます。
若い頃は茶髪に紋付き袴というスタイルだった
2001年のWeb Japanには、良一郎さん23歳、健一さん21歳当時の姿が紹介されています。2人は茶髪に伝統的な紋付き袴を合わせ、津軽三味線を激しく演奏していました。
同記事では、その音楽を「ロックのような迫力」と表現。津軽三味線の伝統的な奏法を守りながら、ギターを思わせる弾き方やポップス調のビートを取り入れたオリジナル曲にも触れています。
さらに2002年のNIPPONIAでも、当時25歳の良一郎さんと22歳の健一さんは、茶色に染めた髪と着物姿で力強く演奏する兄弟として取り上げられました。
現在の2人は長いキャリアを重ねた落ち着いた雰囲気がありますが、20代の頃は髪色も含めて若々しく、ステージ上の勢いが前面に出ています。一方、着物や紋付き袴など和の装いは当時から大切にしていました。
『いぶき』は三味線作品として異例のヒットに
デビューアルバム『いぶき』は、吉田兄弟の名前を一気に広める作品となりました。
2001年のWeb Japanでは、『いぶき』が当時すでに9万枚を超えるヒットになっていたと紹介されています。同記事では、三味線のCDは年間5000枚程度の売上とされており、『いぶき』の数字が当時として異例だったことも伝えています。
公式プロフィールでも、『いぶき』は邦楽界で異例のヒットを記録した作品とされています。津軽三味線になじみがなかった層にも、吉田兄弟の名前と音が広がっていきました。
翌2000年11月にはセカンドアルバム『MOVE』を発売。作品にはペルーの打楽器・カホンも参加しており、津軽三味線だけに閉じないサウンドへ広がっています。2002年には『Soulful』も発売されました。
NIPPONIAのインタビューでも、和太鼓やペルーの打楽器とのセッション、従来の民謡にはないリズムを取り入れていたことを2人自身が語っています。伝統的な津軽三味線を土台にしながら、20代の時点ですでに異なるジャンルとの組み合わせに取り組んでいました。
20代でゴールドディスク大賞から全米デビューへ
デビュー後の活動は急速に広がります。2001年には第15回日本ゴールドディスク大賞の「純邦楽・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。
2002年のNIPPONIAでは、当時の吉田兄弟について、全国各地で月平均10公演、年間120〜130公演ほどを行っていたと紹介されています。子どもから高齢者まで幅広い世代が会場を訪れていたそうです。
同年8月には、CDデビュー後初となる海外公演をフランスで開催。メジャーデビュー前にも海外で演奏経験がありましたが、吉田兄弟としての活動が本格化してからも海外へ舞台を広げていきます。
そして公式プロフィールでは、2003年に全米デビューしたことが掲載されています。その後も世界各国で演奏し、国内外のアーティストとのコラボレーションを重ねてきました。
2024年のwithnewsのデビュー25周年インタビューで、健一さんはデビュー当時について、和楽器を現代的にアップデートするアイコンのような存在がほとんどいなかった時代だったと振り返っています。
良一郎さんも、津軽三味線特有のリズムや音の強さについて、他ジャンルとのセッションのしやすさにつながっていると説明しています。20代の頃から、2人がそれぞれの感覚で津軽三味線の音を広げていた様子がうかがえます。
吉田兄弟の若い頃と現在はどう違う?
2000年代初頭は茶髪と着物、勢いのある演奏姿が印象的でした。現在は長いキャリアを重ね、20代の頃より落ち着いた雰囲気になっています。
一方、津軽三味線と異なる音楽を組み合わせる活動は現在にもつながっています。見た目や立場は変化しても、他ジャンルとの共演は吉田兄弟の活動の大きな特徴です。
20代から続く「ロックのような三味線」
2001年のWeb Japanでは、伝統的な奏法だけでなく、ギターのような演奏やポップス調のビートを取り入れている点が紹介されていました。
デビュー後にはカホンや和太鼓など異なる楽器との共演を重ね、ジャズやロックを思わせる要素も取り込んでいきました。いわゆる昔ながらの民謡だけではなく、津軽三味線そのものの音をさまざまな音楽へ組み合わせています。
ライフハッカー・ジャパンのインタビューでは、デビュー後の学校公演で子どもたちから「かっこいい」と受け入れられた経験も語られています。その反応を受け、ポップやロック寄りの表現、洋楽器とのコラボレーションにさらに取り組むようになったと振り返っていました。
その後もMONKEY MAJIK、EXILE、ももいろクローバーZなどの楽曲に参加し、近年はMIYAVIやCreepy Nutsとも共演しています。2021年には津軽三味線を題材にしたテレビアニメ『ましろのおと』の劇中曲を監修するなど、演奏以外にも活動の幅を広げています。
現在は49歳と46歳!全国ツアーも継続
2026年8月時点で、良一郎さんは49歳、健一さんは46歳です。
1999年のメジャーデビューから四半世紀以上がたちましたが、吉田兄弟としての演奏活動は現在も続いています。
公式ライブ情報では、2026年も「吉田兄弟 47都道府県ツアー ー極生ー」を継続しています。9月には大阪・岐阜・石川、10月には沖縄・島根・東京、11月には高知・愛媛で公演が案内されています。
大阪では2026年9月6日にフェスティバルホールで「47都道府県ツアースペシャルin大阪 吉田兄弟 ー極生ー THE MOMENT」を開催。ツアー公演を中心に、現在も全国各地で生の津軽三味線を届けています。
兄弟それぞれの活動も続いています。公式プロフィールでは、良一郎さんは和楽器ユニット「WASABI」を始動し、健一さんは文化庁文化交流使としてスペイン・バルセロナで活動した経験をもとに、バルセロナ高等音楽院で津軽三味線の講義を行っていることが紹介されています。
20代の頃は「新しく登場した若い兄弟奏者」として注目されましたが、現在は津軽三味線を国内外へ長年届けてきた奏者となりました。2人での活動とそれぞれの個人活動を行き来しながら、演奏を続けています。
吉田兄弟の若い頃に関するまとめ
10代から20代にかけての主な歩みを振り返ると、次のポイントが特に印象的です。
【今回のポイント】
- 2人とも5歳から三味線を開始
- 10代から全国大会へ出場
- 『いぶき』発売時は良一郎22歳・健一19歳
- 20代は茶髪×着物姿でも注目
- 20代でゴールドディスク大賞受賞・全米デビュー
吉田兄弟は、10代から実績を重ね、20代で国内外へ活動を広げた兄弟奏者です。茶髪と着物姿が印象的だった時代から25年以上がたった現在も、全国ツアーや他ジャンルとの共演を続けています。
デビュー当時の若々しい姿だけでなく、5歳から積み重ねた経験や10代の大会実績までたどると、20歳前後で大きく注目された背景も見えてきます。
