三田明の家族写真はある?結婚式の写真や妻・麿理さん、8人兄弟の家族構成も紹介

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三田明さんは、1963年に「美しい十代」でデビューした歌手です。

16歳でデビューすると端正なルックスと澄んだ歌声で人気を集め、橋幸夫さん、舟木一夫さん、西郷輝彦さんとともに「四天王」と呼ばれました。ビクターエンタテインメントでは、現在も三田明さんの作品情報が掲載されています。

そんな三田明さんについて気になるのが家族写真です。本人ブログでは親族との家族写真が公開されています。また、母親と2人で写った貴重な写真が「母さんの手」のジャケットに使われたことも本人が明かしています。

妻・麿理さんとは30代の頃に結婚し、ハワイで結婚式を挙げたことも分かっています。家族写真や結婚式写真の公表状況に加え、妻との結婚生活、子供、8人兄弟の末っ子として育った家庭環境、歌手になるきっかけをつくった兄、父親・母親とのエピソードも紹介します。

POINT
この記事でわかること
01本人ブログで公開された親族との家族写真
02妻・麿理さんとの結婚やハワイ挙式
03子供の有無や公表状況
048人兄弟の末っ子として育った家族構成
目次

三田明の家族写真はある?結婚式の写真も確認

三田明さんが公にしている家族写真には、それぞれ異なるエピソードがあります。家族写真や結婚式について、公表されている主な内容を見てみましょう。

親族写真
本人ブログに掲載
母親との写真
「母さんの手」のジャケットに使用
結婚式
ハワイで挙式
結婚式写真
公式・主要報道では明確な公開を確認できず

甥や姪、その子供たちとの家族写真を本人ブログで公開

三田明さんは2008年3月、自身の「三田明の思いつきBlog」に「ファミリー(家族)がまた増えたよ~!」という記事を投稿しています。

前年の6月に母親の七回忌で家族が集まり、その帰りに甥や姪たちとボウリングへ出かけたときの出来事が紹介されていました。

ブログには甥や姪、その子供たちとの写真が掲載されています。親族に新しい家族が増えたことを喜んだり、子供たちとの思い出を振り返ったりと、芸能活動ではあまり見えない親族との交流が伝わる内容です。

三田明さん自身が8人兄弟の末っ子なので、甥や姪、その次の世代まで含めると親族の人数も多くなります。

昭和を代表するスター歌手としての姿とは少し違い、親族の子供たちに囲まれて過ごす一面が残された家族写真です。

母親とのたった1枚の写真が「母さんの手」のジャケットに

母親との写真にも、三田明さんにとって特別なエピソードがあります。

「うたびと」の本人インタビューで三田明さんは、コロナ禍に自宅の写真を整理していたところ、母親と2人だけで写った写真が1枚見つかったと話しています。

仕事で撮った写真や兄弟の集合写真は残っていたものの、母親との2ショットはその1枚だけでした。撮影場所は上野動物園の休憩所で、シャッターを切ったのは父親だったそうです。

その写真をディレクターに見せたことがきっかけとなり、「母さんの手」のジャケットに使用されました。

ビクターエンタテインメントの「母さんの手」作品ページでは、ジャケットとともに、幼い頃の母との思い出や伝えられなかった感謝をつづった楽曲であることが紹介されています。三田明さん自身が「明煌」名義で作曲した作品です。

子供の頃に撮られた一枚が、自身で作曲した母親への歌のジャケットとして残ることになりました。

妻・麿理さんとの結婚式はハワイ!写真は公開されている?

三田明さんは30代の頃、16歳年下の麿理さんと結婚しました。

2025年5月の『徹子の部屋』では本人が妻との結婚生活を振り返っています。また、スポニチによると、里見浩太朗さんを仲人に迎え、ハワイで結婚式を挙げたことも紹介されています。

ハワイで挙式したことは公表されていますが、今回確認した公式サイトや主要報道では、結婚式当日の写真までは見つかりませんでした。

三田明の家族構成は?妻・麿理さんや子供について

三田明さんの家族については、妻との結婚生活だけでなく、自身が育った家庭についても本人から具体的なエピソードが語られています。

現在確認できる主な家族関係は次のとおりです。

家族・続柄公表されている内容
妻麿理さん。三田明さんより16歳年下
子供有無や人数など詳しい公表情報は確認できず
兄弟姉妹8人兄弟で三田明さんは末っ子
父親建築業の棟梁
母親大家族を育てながら父親の仕事も支えた

なかでも妻、兄、父親、母親については、本人がそれぞれの思い出や関係を具体的に語っています。

妻・麿理さんは16歳年下の「しっかり者」

三田明さんの妻は麿理さんです。

2025年5月27日放送の『徹子の部屋』で、三田明さんは30代の頃に16歳年下の麿理さんと結婚したことを明かしました。

かなり年齢差のある夫婦でしたが、三田明さんによると麿理さんは「しっかり者」。生活面でも妻に頼ることが多かったようで、自分はのんびり生きてきたため苦労をかけてしまったという趣旨の話をしています。

ORICON NEWSでは、妻に長く支えてもらっていたことや、亡くなる前の看病生活についても本人の言葉が紹介されています。

スポニチでは、麿理さんが仕事やファッションについて的確なアドバイスをしてくれる存在だったことも紹介されています。家庭だけでなく、長い芸能生活を身近なところから支えていた妻でもありました。

妻の看病で10キロ減!死去後は初めての一人暮らしに

2025年5月の『徹子の部屋』で、三田明さんは麿理さんが3年前に亡くなったことも明かしました。

妻は亡くなる前から体調を崩しており、三田明さんは病院へ通うなど看病に明け暮れたといいます。その間に自身の体重も10キロ減ったことを語っています。

これまで妻に生活面を支えてもらうことが多かった三田明さんですが、闘病中は立場が変わり、自分が妻を支える日々を送ることになりました。

そして妻が亡くなった後は、一人暮らしを始めています。

テレ朝POSTでは、掃除や洗濯、料理など、それまでほとんど経験してこなかった家事に挑戦し、分からないことはインターネットやAIも活用していることが紹介されています。

三田明さんは、実際に家事をするようになって初めてその大変さを実感したという趣旨の話もしています。妻に任せていた日常のことを、70代になって一つずつ覚える生活へ変わりました。

三田明に子供はいる?

三田明さんと麿理さんの間に子供がいるのかも気になるところです。

公式プロフィールや『徹子の部屋』関連の主要報道では、子供の有無や人数について本人が詳しく語った情報は見当たりません。そのため、子供がいる・いないのどちらとも断定できない状況です。

一方、過去の本人ブログには甥や姪、その子供たちが登場します。三田明さん自身も彼らを「ファミリー」と表現していますが、自身の子供として紹介しているわけではありません。

本人ブログに掲載された子供たちの写真は、甥や姪の家族として紹介されたものです。

三田明は8人兄弟の末っ子!両親や兄との関係

三田明さん自身が育った家庭は、8人兄弟の末っ子という大家族でした。

「うたびと」の歌手人生60年を振り返る記事では、1947年6月14日に東京都昭島市で生まれ、建築業を営む父親と、家庭や父親の仕事を支えた母親のもとで育ったことが紹介されています。

8人兄弟という家族構成は単なるプロフィール情報ではなく、父親が始めさせた野球、母親との思い出、兄が応募したオーディションなど、その後の人生につながる出来事にも深く関わっています。

父親は建築業の棟梁!母親も大家族を支えた

三田明さんは本人インタビューで、父親について建築業の棟梁だったと語っています。

雨で仕事が休みになると若い職人たちが自宅へ集まることがあり、母親はその人たちの食事まで用意していたそうです。

8人の子供を育てながら父親の仕事も支える生活で、両親はいつも忙しかったといいます。そのため三田明さんは、子供時代には両親との思い出がそれほど多くなかったとも振り返っています。

また、幼い頃の三田明さんは体がかなり弱く、父親が「このままでは育たない」と考え、元プロ野球選手が監督を務めていた少年野球クラブへ入れたそうです。その後は次第に丈夫になっていきました。

ビクターエンタテインメントの公式プロフィールには、現在の趣味として草野球とプロ野球観戦が掲載されています。子供の頃に父親の判断で始めた野球が、その後も長く続く趣味になっています。

8人兄弟の食卓で母親が残してくれたおかず

大家族ならではの母親との思い出も残っています。

三田明さんによると、兄弟が多かったため、食事のときにおかずを兄弟に取られて泣いてしまうことがあったそうです。

そんなとき、母親は戸棚に取っておいた分を後からそっと出してくれました。父親から叱られたときにも、母親がかばってくれたと振り返っています。

8人の子供を育て、父親の仕事まで支える忙しい生活の中でも、末っ子だった三田明さんを気にかけていたことが分かります。

三田明さんは、こうした子供時代の出来事を後年のインタビューでも具体的に覚えていました。

三男の兄が勝手にオーディションへ応募

三田明さんが歌手になるきっかけをつくったのも、8人兄弟の中の一人でした。

中学生の頃は先生の勧めでバンドをしていたものの、本人に歌手になるつもりはなかったそうです。

ところが三男の兄が、本人に知らせないままオーディション番組へ応募しました。

本人の証言では、兄から皇居を見せてあげるような話をされて会場へ連れて行かれ、到着して初めてオーディションだと知ったといいます。そこで歌ったのはリッキー・ネルソンの「ヤング・ワールド」でした。

そのオーディションに合格したことで作曲家・吉田正さんとの縁が生まれ、1963年10月10日に「美しい十代」でデビューします。

三男の兄が応募したオーディションが歌手人生の入口となり、16歳でデビューする転機になりました。

母への思いが「母さんの手」につながった

2020年に発売された「母さんの手」には、三田明さんが長年抱いていた母親への思いが込められています。

三田明さんはインタビューで、デビュー後は里心を出さないようにするため、家族と会わないような契約になっていた時期があったと振り返っています。

16歳でデビューし、人気歌手として忙しい日々が始まった一方、家族と自由に会える生活ではありませんでした。家を離れてからは、母親と過ごす時間も以前より少なくなっていきます。

そして母親の最期には、三田明さん自身がその手を握って別れることができたそうです。

それまで母親を題材にした歌を歌ってこなかったことに気づいたことが、「母さんの手」を作る一つのきっかけになりました。前半で紹介した母親との2ショット写真も、こうした経緯を経てCDジャケットに使われています。

子供時代の母親との記憶だけでなく、デビュー後に離れて過ごした時間や、最期に手を握った経験まで含めて生まれた楽曲でした。

三田明の家族写真・家族構成に関するまとめ

三田明さんの家族写真や家族構成について、重要なポイントをまとめます。

01
親族との家族写真は本人ブログに掲載
02
母親との2ショットは「母さんの手」のジャケットに使用
03
妻・麿理さんとは30代で結婚し、ハワイで挙式
04
子供の有無や人数は公表情報を確認できず
05
三田明さんは8人兄弟の末っ子

妻との結婚生活や、歌手への道を開いた兄、父親・母親とのエピソードからも、家族が三田明さんの人生の節目に深く関わってきたことが伝わります。

参考・出典

記事内で確認・参照した主な情報源です。

公式プロフィール1件
公式活動情報1件
インタビュー・本人発言3件
報道・参考資料3件
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